2010年03月23日
猫屋敷土産屋
数年前の、あるお寺に立ち寄ったときの話です。
紅葉の美しい夕暮れ時でしたが、門前の土産屋のまわりにたくさんの猫がいて驚きました。
その土産物屋はたいそう古ぼけていましたが、店先に大きな犬がいたので
「こんにちは」
と声をかけると、店の中からおばあさんがぬっと顔を出し、
「いらっしゃい」
の後ぶあつい眼鏡越しにじろりと私を見て、だしぬけに
「あんた動物好きだね」
と言いました。
少々面食らいながらもうなずくと、おばあさんは満足したように顎をぐいとあげて、こんな話をしてくれました。
・・・ここは猫が多いじゃろう。
これはな、心無い者が捨てて行きおるんじゃ。
仕方ないからわしが面倒を見ておる。
こんなにたくさん、始末してしまえという輩もおるが、何がお前、仏さんのおるこの寺で殺生なんてできるかい。
餌代は月にいくらかかると思う。
10万円だえ。
みーんなわしが出しとる。
それを知ってか、どんどん捨てていきおる。
ほんにばちあたりな。
「仏の前で殺生なんて」
としきりと繰り返しながら、今度は自家製羊羹の魅力を力説し始めました。
・・・この羊羹はな、よそとは違う。
よそのは汁がもれたりするが、うちのはしっかりと練り込んであるからそんなことはありゃあせん。
茶道やっちょう人も遠くからわざわざ買いに来る。
ここの羊羹はおいしいって。
よそのはな、ダメ。
この寺、ほかにも土産屋はいくつもあるし羊羹も売っとるが、よう似とるけど違う。全然違う。うちのがいっちばんおいしい。
「よそはダメ」の一言は、耳打ちするようにぐいと顔を近づけます。
厚底眼鏡の奥から大きな目玉がぎょろりと光ります。
自慢を終えて満足したのか、今度はしんみりした話題に移りました。
・・・ここはな、昔は食堂もやっておったが、息子は跡なんか継がんと言って帰ってこん。
昔はずいぶんとお参りの客もあったもんだが・・・
おばあさんは話しながら薄暗い店の奥を指差しました。
ずいぶん前にやめてしまったのでしょうが、ガスコンロがいくつも並び、油とほこりにまみれてすすけたお品書きが壁に貼られたままでした。
これら3つの話題をそれぞれ数回繰り返したあと、おばあさんは締めくくりに
「わしゃあこの犬と暮らしとるの」
と言って犬のほうを振りかえりました。
店先にいた犬はいつの間にか店の奥の炬燵に寄りかかって寝転んでいます。
大きな黒い脚を投げ出して、大儀そうに眼を閉じていました。
犬はずいぶん年をとっているようです。
黒犬なのに白髪交じりだし、歩き方もかなりヨタヨタだったからです。
* * * * * * * * * * * * *
さて、このたび子どもを連れて数年ぶりに立ち寄ってみました。
明るい春の昼下がり、猫は一匹もいませんでした。
土産屋は薄暗かったけれど電灯が点いていたので、サッシの扉を開けて入ってみました。
「いらっしゃい」
出迎えてくれたのは女の人でした。
店の奥に目を移すと、箪笥の上に写真が飾ってあるのがみえました。
あのおばあさんの写真です。
大きな眼鏡をかけて、何かを一心に見上げているような顔です。
そして箪笥の手前の炬燵には、大きな黒い脚が4本にょっきりと突き出ているのが見えました。
「ほら、ワンちゃんだ」
と子どもに言いましたが、子どもは唇を一文字に結び、外をにらんだまま犬のほうを見ようとしません。
どうもこの薄暗く古ぼけた店内が怖いようです。
女の人に犬の年を尋ねると、
「16歳。もう年をとって寝てばかり」
と答えて犬の名を呼びました。
犬はのっそり起き上がって土間に下り、私のそばにやってきて座りました。
私はご老体をお呼び立てしたことに恐縮し、そうっと頭をなでました。
あの時と同じ白髪交じりの頭でした。
羊羹の袋を提げて店を出ましたが、猫の姿はやっぱり見えず、鶯が鳴くばかりでした。
紅葉の美しい夕暮れ時でしたが、門前の土産屋のまわりにたくさんの猫がいて驚きました。
その土産物屋はたいそう古ぼけていましたが、店先に大きな犬がいたので
「こんにちは」
と声をかけると、店の中からおばあさんがぬっと顔を出し、
「いらっしゃい」
の後ぶあつい眼鏡越しにじろりと私を見て、だしぬけに
「あんた動物好きだね」
と言いました。
少々面食らいながらもうなずくと、おばあさんは満足したように顎をぐいとあげて、こんな話をしてくれました。
・・・ここは猫が多いじゃろう。
これはな、心無い者が捨てて行きおるんじゃ。
仕方ないからわしが面倒を見ておる。
こんなにたくさん、始末してしまえという輩もおるが、何がお前、仏さんのおるこの寺で殺生なんてできるかい。
餌代は月にいくらかかると思う。
10万円だえ。
みーんなわしが出しとる。
それを知ってか、どんどん捨てていきおる。
ほんにばちあたりな。
「仏の前で殺生なんて」
としきりと繰り返しながら、今度は自家製羊羹の魅力を力説し始めました。
・・・この羊羹はな、よそとは違う。
よそのは汁がもれたりするが、うちのはしっかりと練り込んであるからそんなことはありゃあせん。
茶道やっちょう人も遠くからわざわざ買いに来る。
ここの羊羹はおいしいって。
よそのはな、ダメ。
この寺、ほかにも土産屋はいくつもあるし羊羹も売っとるが、よう似とるけど違う。全然違う。うちのがいっちばんおいしい。
「よそはダメ」の一言は、耳打ちするようにぐいと顔を近づけます。
厚底眼鏡の奥から大きな目玉がぎょろりと光ります。
自慢を終えて満足したのか、今度はしんみりした話題に移りました。
・・・ここはな、昔は食堂もやっておったが、息子は跡なんか継がんと言って帰ってこん。
昔はずいぶんとお参りの客もあったもんだが・・・
おばあさんは話しながら薄暗い店の奥を指差しました。
ずいぶん前にやめてしまったのでしょうが、ガスコンロがいくつも並び、油とほこりにまみれてすすけたお品書きが壁に貼られたままでした。
これら3つの話題をそれぞれ数回繰り返したあと、おばあさんは締めくくりに
「わしゃあこの犬と暮らしとるの」
と言って犬のほうを振りかえりました。
店先にいた犬はいつの間にか店の奥の炬燵に寄りかかって寝転んでいます。
大きな黒い脚を投げ出して、大儀そうに眼を閉じていました。
犬はずいぶん年をとっているようです。
黒犬なのに白髪交じりだし、歩き方もかなりヨタヨタだったからです。
* * * * * * * * * * * * *
さて、このたび子どもを連れて数年ぶりに立ち寄ってみました。
明るい春の昼下がり、猫は一匹もいませんでした。
土産屋は薄暗かったけれど電灯が点いていたので、サッシの扉を開けて入ってみました。
「いらっしゃい」
出迎えてくれたのは女の人でした。
店の奥に目を移すと、箪笥の上に写真が飾ってあるのがみえました。
あのおばあさんの写真です。
大きな眼鏡をかけて、何かを一心に見上げているような顔です。
そして箪笥の手前の炬燵には、大きな黒い脚が4本にょっきりと突き出ているのが見えました。
「ほら、ワンちゃんだ」
と子どもに言いましたが、子どもは唇を一文字に結び、外をにらんだまま犬のほうを見ようとしません。
どうもこの薄暗く古ぼけた店内が怖いようです。
女の人に犬の年を尋ねると、
「16歳。もう年をとって寝てばかり」
と答えて犬の名を呼びました。
犬はのっそり起き上がって土間に下り、私のそばにやってきて座りました。
私はご老体をお呼び立てしたことに恐縮し、そうっと頭をなでました。
あの時と同じ白髪交じりの頭でした。
羊羹の袋を提げて店を出ましたが、猫の姿はやっぱり見えず、鶯が鳴くばかりでした。