10年と少し前に買ったアルコールランプです。
雑誌で
「空き缶で作る綿菓子製造機」
というのを見てどうしても作ってみたくなったのです。
材料の中で簡単に手に入りそうにないのがモーターとアルコールランプでした。
モーターはおもちゃ屋さんだと思うのですが、ご近所にはありません。
こまったなあ・・・
しばらく考えていると、少し離れた昔からある街におもちゃ屋さんがあったのを思い出しました。
でも今もあるのかわかりません。
とりあえず行ってみることにしました。
ああ、あるある。
さびれた街角に、ほこりっぽいおもちゃ屋さんが見えました。
辺りはすっかりシャッター通りですが、ショーウィンドウにほこりをかぶったプラモデルがいくつも並んでいます。
サッシの扉を開けると、足元から天井までプラモデルの箱がぎっしりです。
「モーターをください」
店番のおじいさんが青と黄色に塗り分けられた小さな箱を出してくれました。
マブチモーターというものをそのとき初めて見ました。
古いおもちゃ屋さんで案外普通にモーターを買えたことに勇気づけられ、今度はアルコールランプを買いに行きました。
こちらは目星がついています。
たしか「Y理化学販売所」
というような名で、非常に古くからある建物でした。
こんな田舎にどうしてこんな専門店っぽいものがあるのか不思議なのですが、通勤のたびに前を通るのでずっと気になっていました。
こちらは木枠の扉です。
ぎしぎしと開けると、眼鏡をかけたおじいさんが顔をあげました。
「アルコールランプが欲しいのですが」
おじいさんはうなずき、木製の古びた棚にあったガラスのランプを手にとってハタキでほこりを払いました。
店の奥に畳の部屋があり、テレビの音が流れています。
おじいさんは幾度かテレビを見ている奥さんらしき人に話しかけながら、ゆっくりとランプを新聞紙にくるみました。
数年後、同じ店で今度は温度計を買いました。
そのとき、あのおじいさんは奥のソファに座ったきりで、ランプの時は声だけだった奥さんらしい人が出てきて温度計を新聞紙にくるんでくれました。
さらに数年後、車の中で信号待ちをしていた私は店の前でおじいさんを見かけました。
車いすに乗っており、なんだかずいぶん小さく見えました。
この夏、アルコールの固形燃料を作ろうと思った時、昔理科の先生だったJさんに酢酸カルシウムについて相談しました。
そして、
「あの、陸橋の下にあるY理化学販売所なら売ってくれるでしょうか」
というと、Jさんは
「いやあ、あの人はずいぶん前に亡くなったよ」
と首を振って答えました。
私があの店に行ったのは2回きりですが、このランプを見るとたまにソファに座ったきりのおじいさんの姿をぼんやりと思いだします。